教育現場におけるAI活用の現状
近年、教育現場のDXは進みつつあるものの、学校現場におけるデジタル環境の整備が重要な課題になっています。そこで、政府は学校での導入に向けたさまざまな取り組みに注力しています。
例えば、文部科学省は令和元年12月に「GIGAスクール構想」を打ち出しました。すべての生徒がデジタルデバイスを利用できる環境を整備し、学習の多様化と個別化を支援するための基盤作りとする取り組みです。
また、令和5年7月には「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表し、生成AIの利用における基本的な考え方と教育の方向性を示しました。さらにこの内容を踏まえ、生成AI活用のパイロット校を指定し、AI活用に関する知見を蓄積する取り組みも始めています。
そのほか、経済産業省も「未来の教室」事業を展開し、デジタル技術(EdTech)を使った新しい学びの形の開発・振興に力を入れています。
教育現場にAIを導入する具体的なメリット
教育現場では、AI導入によって学習環境や教育方法に多くの変化がもたらされています。ここでは、そのメリットとしてわかってきたことを紹介しましょう。
正しく使うことで子どもの情報活用能力を伸ばせる
文部科学省が指定した生成AIパイロット校では、生成系AIの利活用および、その成果・課題を検証する取り組みを実施しています。
令和5年度の結果を検証したところ、「学習活動の生産性向上」「学習意欲の向上」「創造性の高まり」「自ら考える場面の増加」「思考の幅の広がり」の各項目について、ほぼすべての生成AIパイロット校(37自治体・52校)がポジティブな回答を寄せました。各項目で、マイナス評価をした学校は2~3校です。
同省では、「総論的には、学習意欲や創造性が低下すると懸念されていたが、パイロット校においては、そのような感触を持った学校関係者は現状ほとんど存在しない」としています。
ただし、生成AIの回答をうのみにしてしまうケース、生成AIの仕組みを理解せずに使ってしまうケースは、パイロット校であっても存在していました。同省は、ファクトチェックの習慣づけはパイロット校に対しても引き続き周知を図る必要があるとしています。
出典:文部科学省「初等中等教育段階における生成AIに関するこれまでの取組み」
子どもの学習レベルに適したアドバイスをリアルタイムで提供できる
AIは、生徒一人ひとりの理解度や進捗に合わせて、リアルタイムで適切な指導を行うことが可能です。これにより、従来の画一的な指導から個別の状況に応じたサポートへのシフトが可能となり、学習効果をさらに高めることが期待されています。
特に、学習の遅れや進捗の差を早期に把握し、適切なアプローチでサポートできる点が大きなメリットです。
教師の負担を軽減できる
AIを活用することで、事務作業や校務の一部を自動化し、教師の業務負担を軽減することができます。
令和5年度の生成AIパイロット校(37自治体・52校)のほぼすべてが、校務での利活用を進めていく方向だとしています。実際に、学校行事の保護者案内文のたたき台や小テストの問題の作成に活用されたり、アンケート集計・分析に役立てられたりしており、激務が問題視されがちな教育現場の働き方改革に資するものだとの評価もありました。
AI導入初期には習熟が必要ですが、業務効率化の面で教師からも高い評価を受けています。
出典:文部科学省「初等中等教育段階における生成AIに関するこれまでの取組み」
データに基づいて授業や教材の評価、成績分析ができる
AIを通じて、生徒の授業理解度や教材の評価をデータとして蓄積・分析することが可能になります。このデータは、生徒一人ひとりの成績向上や指導方法の改善に役立てられるだけでなく、教師自身の指導力向上にも寄与します。
データに基づくアプローチにより、教育の質を向上させるための新たな一歩として、AIの活用が注目されています。
教育現場におけるAIの導入事例4選
ここでは、各地で行われている代表的な取り組みを4つ紹介します。
アダプティブ・ラーニングをスピード感をもって実現(戸田市教育委員会/COMPASS)
戸田市教育委員会では、AIを活用したアダプティブ・ラーニング(個別の適性に合わせてプログラムを進めていく学習方法)を導入し、生徒一人ひとりに合わせた学習プログラムを提供しています。AIが生徒の苦手分野を分析し、それに適した問題を提示して解説することで、効果的な学習サポートを行っています。
授業準備も効率化されており、従来に比べて多くの問題に取り組むことができるようになったそうです。授業前に数分で問題を準備でき、作業時間が大幅に削減されたとの声が上がっています。
記述式問題のAIを活用した自動採点(代々木ゼミナール/理化学研究所)
代々木ゼミナールと理化学研究所は、記述式の回答を自動採点するAIを開発しました。この技術は、現代文の記述式問題の自動採点に対応しており、高校生向けの学習教材としても提供されています。
自主学習をAIがサポートすることで、生徒が自分の解答を即座に確認でき、学習効率が向上します。
英会話スキルをAIで評価して指導(KDDI/イーオン)
KDDIとイーオンは、小学生向けのAI英語学習コンテンツを開発し、自治体や教育機関での利用を進めています。2024年1月から4月には、石川県羽咋市の小学校5校で試験導入され、小学生の英語学習への自主的な取り組みを促進する効果が確認されました。
英会話のスキルがAIによって評価・指導され、日々の学習習慣形成にも寄与しています。
教育ダッシュボードをPower BIで構築(渋谷区教育委員会)
渋谷区教育委員会では、Power BIを活用して児童生徒の生活記録に基づくダッシュボードを開発しました。このダッシュボードにより、教員は子どもたちの興味や関心、悩みを把握しやすくなり、迅速に対応するための情報を得られるようになっています。担任・学校・教育委員会が情報を共有し、生徒に対するきめ細やかなサポートにつなげています。
教育現場にAIを導入する際の注意点
AIの導入は教育現場において多くのメリットを提供しますが、一方でいくつかの注意点もあります。
AIの思考プロセスが不明
AIの思考過程はブラックボックス化してしまう場合が多く、なぜその結論に至ったのかを理解しにくいことが問題となり得ます。学校現場においては、学生が結果に対して疑問を持った際に、AIがどのようにその結論を出したかを説明できない場合があります。
透明性の欠如は、信頼性や理解度にも影響するため、教育現場でのAI利用において十分に検討が必要です。
思考力・主体的に学ぶ姿勢に影響する可能性がある
AIを使うことで、問題解決のプロセスにおいて自力で解答にたどり着く機会が減少する可能性があります。特に生成系AIに頼りすぎると、生徒が自ら考える力や主体的に学ぶ姿勢に影響が出ることが懸念されます。
そのため、AIの支援を適切に活用するようにし、自己の判断や考えが重要であることを生徒に理解させる取り組みが必要です。
ハルシネーションによるトラブルが生じる可能性がある
生成系AIには「ハルシネーション」と呼ばれる、もっともらしい誤情報を生成してしまう現象が存在します。教育現場でAIを利用する際には、この誤情報が生徒に悪影響を及ぼさないよう、ファクトチェックの重要性やそのやり方をしっかりと指導する必要があります。
信頼性の高い情報を生徒が学べるよう、生成AIの内容を過信せず、正確性を確認する習慣を身に付けさせることが重要です。
まとめ
教育現場でのAI活用は、学習の効率化や個別指導の充実など、多くの可能性を秘めています。また、教育従事者の負担軽減にも期待が高まります。
一方で、AI導入には注意が必要です。AIの思考プロセスが不透明であることや、ハルシネーションのリスク、思考力や主体性への影響など、慎重な取り扱いが求められます。ファクトチェックの習慣を促し、AIの特性を理解した上での利用が大切だといえるでしょう。
※この記事は、2024年11月時点の情報に基づいて作成しています。